婉曲な対話

   Set me free. Why don’t you? Get out of my life. Why don’t you baby?

You realy don’t need me. You just keep me hangin`on.

You realy don’t want me, child. You just keep me hangin`on.
…You never never never needed me. You just keep me hangin`on.…
 
 僕は浪人中で、居間の壁に父の予定を書き込むホワイトボードが掛かっていて、真夜中、その全面にロッド・スチュワートが歌う「You keep me hangin`on」の歌詞を書いた。何故そんなことをしたのか、よく分からなかったが、数十年経った今なら、合点がいく。

 「俺を自由にしてくれ。お前は俺を本当に必要としていない。何故お前は俺を縛り続けるんだ?」
 ヴァニラ・ファッジのオリジナル曲を、当時「世界一のロックシンガー」とも言われたロッド・スチュワートが、痛切に歌い上げる。

 

 考えも意図も無い。多分「止むに止まれず」という衝動が僕にそれをさせたのだろう。何度も何度も聴いた曲だから、一気に殴り書きのように書いた。歌詞と当時の僕の心境がピタリと一致して、誰に向けたものかなど言わずもがな。
 
 父は戦争の最中にティーンエイジを過ごしたから、英語は読めない。しかし、最後の方に書いた「New Start」という言葉は分かったようで、「ニュー、スタート…」とかなんとか独り言のように呟いた。またいつもの説教の方に持って行くのかと、僕は身構えたが、父の反応はそれだけだった。
 「お前の新しいスタートに期待する」と素直に受け取っていいのではなかったか、と今は思う。
 父と子の対話で、この時ほどうまくいったことは無い。